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愛する人と共に過ごしたい
2007年9月 うえむらクリニック 植村 富美子
ゴールデンウイークが終わった後、梅雨も明けて・・・お盆休みが終わり・・・とコラムを書いていましたが、どうも公開する気にもなれずにとうとう秋の気配です。さらに私も誕生日も過ぎてとうとう00歳。誕生日のまさにその当日、同級生「中田完二君逝く」の訃報が舞い込みました。彼は高校時代のサッカー部のキャプテンでした。ぐずぐずしているとなんだか完二君に笑われているような気がします。「ありさん(同級生からそう呼ばれていました)いやいや植村先生、まだですか?忙しいからね〜」という声も聞こえてきそうです。彼の罹っていた重い病気からするとそんなに長く普通に生きられないことなど医者の私は十分すぎるほど理解していたはずなのに、それでも元気な電話の声や、元気だという彼からの季節のご挨拶メールが届くと錯覚するほどでした。彼は目も患い何も見えなくなっていましたが、彼の言葉を借りると「目が見えなくなった分だけ今まで見えなかったものが見えるようになり、さらに聞こえなかったものさえも聞こえるようになり、おまけに感じられなかったものも感じられるようになった」そうで、神様は彼から光を取ってしまったかわりにひょっとしたら普通の命の長さを与えてくださったのかもしれないと本当に錯覚するくらい気力も生きる勢いも持っておられました。ごく最近では東京で講演もやってのけたくらいです。あれほど明るい笑顔が出来る完二君であったのに、やっぱり人はおぎゃーと生まれたその次は死んでいくことだけが決まっているのだとまた改めて知らされたような気がします。生まれてから死ぬまでの何年か何十年かのわずかの間が幸せだとか、不幸だとか、はたまたお金持ちだ、貧乏だ、などと喜んだり苦しんだり悩んだりまた自分のせいで無いのに戦争に出会う人もいるわけです。凄く美しい朝日や夕日を見るとあと何回こんなに美しいものが見られるのだろうか?とか旬の脂ののった秋刀魚が何回食べられるのだろうか?と思いました。だから美しいものも美味しいものも一人で見たり食べたりするのではなく出来るだけ愛する人と共に過ごしたいとも考えました。たぶんもう私の寿命は決まっているはずですから。私たち医者の仕事は、この決まっている寿命を縮めないことと、できれば美しいものを見たり美味しいものを食べたりするのを邪魔しないどころか楽しく寿命をまっとうするわずかのお手伝いをするだけなのかなぁ、とまた考えます。
昨日の完二君の弔問に訪れた人が全員泣いているお通夜は経験がないほどの様子で、完二君の死顔もまだまだ逝きたくないんだと叫んでいるようでした。おそらく壮絶にもがき苦しみこの世に残した奥様やお子様を思うととてもじゃないが死んでなんかいられない、と思っていたのかもしれません。「せんせ〜」と絞るような声の奥様を抱きしめるとすっかりやせて泣きじゃくる体は私の腕の中にすっぽりと入るほど小さくなっていました。完二君の死は本当に悲しいです。私の親しい人が教えてくれたのですが「生まれてくるときはみんなに笑顔で迎えられ、逝くときは涙で送られる。自分は逝くときは少しの人が泣いてくれるといい。」私は自分が逝くときは涙で送っていただくよりもやっぱり笑顔で送ってもらうほうが嬉しいような気がします。逝くときに笑顔で送ってもらう為には今をいかに生きるべきか?と完二君の死をきっかけに考えるようになりました。やっぱり完二君、あなたはみんなに影響力大ですよ。あなたが未練たっぷりでいて、凄く頑張ってくれたおかげで家族だけでなく同級生だけでなくあなたを知る人全員があなたを忘れずに、しかもキャプテンですから頼りにしているのですよ。どうかもう楽に、安らかに、頑張らずに、神様のもとでゆっくりと眠ってくださいね。本当にありがとう。合掌。
 
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